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「プラチナム・マウジー」を立ち上げた森本社長の思い

「プラチナム・マウジー」を立ち上げた時の、
森本容子社長の言葉が、とても印象的だ。

森本容子社長の「マウジー」は、
彼女が弱冠23歳の時に、数名のスタッフと立ち上げたブランド。
その「マウジー」が、全国に22店舗、
アルバイトのスタッフも入れると全部で230名という大所帯の
巨大ブランドに成長したとき、
森本容子社長自身も27歳になっていた。

そして、彼女は
「今一度27歳の森本容子が着たい服をつくってみようという決心した」
というのだ。

その頃、森本容子社長は、
ブランドが巨大化し、商品もマス化し、
彼女以外の若手デザイナーたちがデザインを担当するようになり、
営業と企画の要望が合致しなくなってきたことに悩んでいたという。

どうしても、始めたころのマウジーのコンセプトと、
その頃のマウジーには、ズレが生じてしまっていたというのだ。

彼女は、自分とともにマウジーというブランドにも年齢を重ねさせるのか、
それともマウジーは、あくまでもマウジーのままでいくのか、
悩みに悩んだ結果、最終的には野生のカンで、
「今一度27歳の森本容子が着たい服をつくってみようという決心」し、
「プラチナ・マウジー」が誕生したのだ。

ふむ・・・歳を重ねるとは、落ち着く事ではなく、
むしろ、攻めることなんだなと、
森本容子社長の「プラチナ・マウジー」の教えられた。

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